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2011年10月 9日 (日)

佐久間象山の電信機

今日はお昼前に10mCWでT32Cと交信した後、家内と近所の長野市松代まで「真田十万石祭り」見物に出かけました。

加賀百万石、伊達八十万石には遠く及びませんが、近所にこういう場所があったんですね。出陣太鼓の演舞や武者行列などがありましたが、こじんまりとした地元のお祭り、と言う感じでした。

Sanada10

さて、松代というところは佐久間象山という幕末期の学者の出身地です。西洋のいろいろな科学技術を学び、実験をした人で、日本で初めて電信の実験を行った人といわれています。この電信の実験はペリーの来航前(1849年)に行われており、オランダの百科事典を読み下して実験を試みたようです。

さて、その電信機と言うのがこれ(レプリカ)。

Denshin

この頃はモールス符号は伝わっておらず、針が文字盤を指示するタイプの電信機です。

しかしよく見ると左側に縦振り電鍵がついています。この縦振り電鍵の用途について詳しい説明はありませんでした。「電鈴送」となっているから、送信開始の合図にでも使ったんでしょうか。

この電信機は「象山記念館」と言うところに所蔵されています。1階は普通の展示ですが、2階が通信に特化した展示となっており、象山ゆかりのもののほかに、昔の電話機とか交換機が置いてあります。

Denshin2

その中に「電報の届くまで」というパネルがありました。これを見ると当時の電電公社では和文の電文を毎分85字のスピードで送っていたようです。私が昔受けた1アマの試験は和文が毎分50字でしたから、これは結構速い?

帰宅後は、夕食の前に21CWで、T32C、8J1RLと交信。T32CはCQの出しはじめをモービルホイップでゲット。8J1RLはCQ連呼するも誰も呼ぶ人がいないと言う状態でした。18MHzでは5N7Qも強力な信号を送り込んでいましたが、パイルが厚く交信ならず。

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