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日記・コラム・つぶやき

2018年11月10日 (土)

横浜出張

11月8日~9日は出張で、鎌倉、横浜へ。

今回の出張は社用車での移動だったため、8日は朝7時に会社を出発して、中央道~圏央道経由で茅ヶ崎方面に抜け、その後国道134号線で鎌倉の事業所へ向かった。所要5時間。

その日は横浜の関内に泊。

翌9日は関内の事業所で打ち合わせ。皆で中華街で昼食を取り、解散。

Chinatown

事業所の駐車場を出て、首都高狩場線にのるため阪東橋入り口に向かっていたら、途中に巨大なアンテナが。

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右の白いビルの屋上にSteppIRが。奥には6mの多素子八木も。

こんな都市部で、ビルの屋上にクランクアップタワーとは。驚きました。

帰りは東名に乗った後、圏央道~中央道で帰着。復路は5時間40分掛かった。神奈川は遠い。

2018年9月21日 (金)

2018年8月~9月

約2ヶ月ぶりの更新です。

8月、9月は仕事の関係で多忙な上に、合間を縫って土地探しなどしていたため、この期間の運用はありませんでした。今日になってやっと、たまっていたビューローカードの整理などし、明日島根に向けて発送する予定。

それにしても土地探しは難航しています。

電波の飛びは意識していますが、それ以前に、「ここに住みたい」と思えるような物件がありません。

街を歩いていると「何でこんな場所に建てたのか?」と思うようなお宅が結構あります。交通量の多い大通りの交差点近くや、川の土手の真下、急傾斜地などなど。

私ならこんなところに家は建てないよ、と思っていましたが、考えを改めました。誰もが良いと認めるような条件の良い土地はなかなか出ないのです。みんな何かしらの妥協をせざるをえない。地盤の弱い場所に家を建てて土砂崩れに遭った方がいたとしても、そのような方を自己責任だなどと責めることは出来ません。

その点、マンションというのはなかなか良い選択だとも思うようになりました。マンションが建つような場所は大体立地条件が良いのです。そういう立地を、多数の世帯で共有できる仕組みとして優れています。

しかし、庭やらタワーを求める人には選べない選択肢です。

ということで、何はともあれまず「自分の住む場所」としての条件を優先させるので、電波の飛びに関しては妥協も必要かもしれません。引き続き悩みは続きます。

2018年7月22日 (日)

土地探し継続中

7月に入って最初の週末は不動産屋を訪問する予定でしたが、おりからの大雨で、週末に何が起きるか分からない予報であったことから、急遽取りやめました。

この判断は正解で、実際に週末は会社に出勤し、県内の避難勧告やら被害状況を逐次把握しなければなりませんでした。西日本の大雨に比べれば殆ど被害がないに等しかったのですが、それでも孤立集落などが発生し、気の抜けない週末になりました。

その翌週末から、土地探しを再開。

不動産屋に紹介してもらった土地をいくつか見て回りましたが、私が土地を探しているエリアは県内でも日照率の高い地域のためか、必ずといっていいほど物件の近くに太陽光発電のパネルが設置されており、困りました。隣家の屋根のみならず、ちょっとした空き地にもパネルが設置されていたりします。

車に積んである無線機とモービルホイップでノイズの有無を確かめると、Youtube等で各局が紹介されているような、明らかなノイズはないようでしたが、潜在的なノイズの発生源が近くにあるというのは心が穏やかではありません。

自分の家より後に設置されたのであれば、クレームのつけようもありますが、先に設置されているものに対してはなかなかクレームはつけられません。

しかしこれほどまでに太陽光パネルが設置されているとは・・・。

この地域に土地を求める以上、太陽光パネルは避けて通れず、また悩みが増えました。

2018年6月24日 (日)

ロケハン再び

当地長野に引っ越してきてはや7年、また職場も当地になってまもなく1年。

ようやく、どこかにちゃんとした居を構えてもよいか・・・という状況になりました。

荷物が増えて部屋も手狭になって来ましたし、我が家のベランダは家内が育てているバラなどの鉢植えと、私の釣竿アンテナがせめぎあう状況。DXCCもここ数年は伸び悩み、そろそろタワーとビームアンテナが欲しくなって来ました。

というわけで、今月から週末は土地探しをしています。

このあたりは車で走るといくらでも土地があるように見えるのですが、実際に不動産屋を回ってみると、売りに出ている物件はそれほど多くありません。また物件を紹介してもらって実際に土地を見に行っても、住居のほかにタワーを建てることを考えると、いろんな不安が頭をよぎります。

住宅地の場合はもちろん、郊外にある古い集落のはずれや別荘地のようなところでも、、隣家からタワーがどのように見られるのか、威圧感を与えないか、気になります。

周りに与える印象のほかにも、実質的な問題として、隣家の領空を侵犯しないような位置にタワーを建てるにはどうしたらよいか、自分の住居から見た場合にタワーが目障りにならないか、の心配もあります。

その他、意外にたくさんある太陽光発電装置、平面図からは分からない高低差も意識しないといけません。

そんなわけで、目下のところ、適当な物件は見つかっていません。やはり何かを妥協せねばならないのか・・・と頭を悩ましています。

2018年5月11日 (金)

結束バンドの利用法

4月中旬以降、仕事で泊出張が続き、あまり無線が出来ていません。

「無線が出来ていない」というのはあくまで趣味の話であって、実は仕事ではここのところ業務用無線の伝播調査などやっています。普段の移動運用のノウハウが大いに活用できるという、私のサラリーマン人生で今までになかった、意外な展開になっています。

さて意外な展開、と言えば、この記事です。

ジョニデ元妻が着用の“後光ティアラ”、まさかの「結束バンド」でできていた

ニューヨークのメトロポリタン美術館(MET)の服飾部門が、USヴォーグ誌の編集長、アナ・ウィンターと組んで、資金集めの目的で毎年開催しているイベントに「METガラ」というものがあります。

いわゆる「セレブ」の方たちが、その年のテーマに沿った衣装で登場するこのイベント、今年のテーマは「カトリック」いうことで、そういったイメージの衣装を身にまとった方がたくさん紹介されているのですが、その中のひとり、アンバー・ハードさんのティアラが秀逸です。

この記事を読まずとも、見る人が見ればすぐに分かる、結束バンドで出来た「後光のティアラ」です。まさかこんな使い方があろうとは、思いもしませんでした。

2018年2月25日 (日)

無線車入れ替え

2月17日に、車を乗り換えました。

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これまで乗っていたプリメーラワゴン(WHP11)は10年前に中古車で買ったものです。キビキビ走るし、荷室もそこそこ広いし、気に入っていたのですが、新車登録から17年を経て、さすがに不具合が目立ってきました。ディーラーで直してもらうと、「もう部品がないので中古の部品で直しました」とか、「これが最後の部品です」と言われることもありました。

また、7年前に信州に越してきてから、ラフな道を走ることが多くなり、4WDや、一定以上の車高がないと厳しい場面が増えました。そんなわけで、昨年末から買い替えの検討をしていました。
車にお金をかけるつもりはなかったので、当初は中古車で探していましたが、手頃な価格の手頃な車というのがなかなか見つかりません。そこで、思い切って方針変更。プリメーラワゴンと同程度の広さの荷室を持ちながら、車高が高く、四輪駆動、そしてせっかくなので最新の安全装備の新車を、ということで、評判の良い「アイサイト」のついたフォレスターに決めました。

今までより若干大柄な車体にはまだ十分慣れていませんが、走っていて特に不安を感じることはありません。車高が高い割に、コーナーリング時もしっかり地面に張り付く感じがあって安心です。水平対向のエンジンも噂どおり振動も少なく、車室も静かです。

ただ、無線車としてどうなのかは未知数です。アンテナ基台を取り付けようとしていたルーフレールが思いのほか太く、今の基台がそのままでは使えないことが発覚。荷室も、ふた付きの収納スペースが少なく、移動用のアンテナ機材をうまく隠して搭載することが出来ません。車体アースの場所もこれから検討です。

ということで、これから春にかけてしばらく車の周辺をいじり回すことになりそうです。

2018年1月 5日 (金)

謹賀新年

遅ればせながら、新年あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

例年、正月休みは電車で帰省していましたが、北陸新幹線の金沢延伸以降、当地と実家のある新潟(下越地方)の間の鉄道の便が悪くなってしまったので、今回はクルマにしました。

しかし、この時期の高速道路は、「タイヤチェック渋滞」なるものが発生することを初めて知りました。

豪雪区間の手前のICやSAで一台一台クルマを停めて、雪用タイヤかどうかを人力でチェックするのです。

安全確保のために必要な措置ではありますが、高速に乗るやいなやこの渋滞に巻き込まれ、通過に1時間半も掛かったのにはへこみました。

■毎年恒例の振り返り

2017年末のDXCCの状況は、CFM/WKD=273/274でした。

2016年末がCFM/WKD=268/268でしたから、CFMベースで5upです。やはり275近くになると伸び悩みますね。上積み分の実績は以下の通り。

3月 TU7C、5U5R

6月 TN5E

11月 9H1XT、3C1L、J5T(未CFM)

今年も引き続きローバンドに注力の予定です。18m釣竿も入手して、先日のWW(CW)でも、80mのニューが増えるなど、目に見える成果も上がっています。
後は引き続き、ペディションによる運用を落とさないようにすること。直近では3Y0Zのブーベですが、地理的に一昨年のVP8STI/SGIに近いので、厳しいかもしれません。
でも、VP8STI/SGIみたいに南極越えじゃないから、仏領のFTシリーズの延長線上みたいな感じでいけないかな?と淡い期待も抱いています。

2017年11月24日 (金)

再免許受け取り

開局35周年を記念して(?)、今回、直接、総合通信局に免許状を受け取りに行って来ました。

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(信越総合通信局の入ったビル)

JR0ELG移動局の免許の日は1982年12月21日。8回目の再免許にして初めて総通局訪問です。もっとも学生時代にクラブ局の免許を受け取りに北陸電気通信管理局(当時)へ行った事はあるので、まったくの初めて、というわけではありません。

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どこもそうだと思いますが、信越総通局は合同庁舎の4F、5Fに「入居」しています。

庁舎の入り口も、受付があるわけでもなくフリーで通過。そのまま5Fに上がると総通局としての受付と書いてありましたが、これもカウンターなどがあるわけはなく、入り口付近で、私と目のあった女性の職員の方に「アマチュア局の免許の受け取りなんですが」と伝えます。

職員の方の案内で陸上課の付近の打ち合わせ卓のようなところに通され、私の苗字を伝えると件の職員の方が新しい免許状とシールを持ってきてくれました。(呼び出し符号や免許番号で探してくるのかと思ったら違いました。)

免許状の備考欄に何も記載がされていないことを確認していると、「お持ちの無線機はスプリアスの基準を満たしているようですので」とフォローしてくれました。

ということで、免許状の受け取りはこれで完了。まだ現在の免許の有効期間内ですので、新しい免許での運用は年末からの予定です。

2017年10月29日 (日)

なかなか運用できない10月

8月下旬以降、なかなか運用できません。

断続的に土曜または日曜の出勤が続いている上に、平日も泊まりの出張。また10月に入ってからは台風が来ても来なくても大雨の日が続き、移動運用もちろん、アパマン環境の釣竿アンテナも伸ばせません。

毎年この時期の週末は周辺の紅葉を見に行ったりもするのですが、今年はそれすらままなりません。

そんなわけで、記事にするネタもないのですが、何をしていたか書いてみます。

1.FT8モードの追加

 この夏、急にオンエア人口の増えたFT8モード。私も他の方のブログを参考にして変更届を出し、運用を始めました。やってみると、かなりの確率で呼び負けします。JT65のように、完全にソフトにお任せで交信が完了することは少ないようです。ある程度、再送などしてあげて、かろうじてQSOを成立させています。その辺がちょっとCWみたいな感覚です。

 80mのFT8はオフバンドしないように3.572を聞くようにしていますが、なぜか信号が聞こえていてもデコードできません。同じ信号を3.573で聞くとデコードできるのに不思議です。

2.電信電話記念日コンテスト

 数年前から参加しているこのコンテスト、今年は気持ち的に余裕がなく、副賞に応募できる最低限のQSO数でやめました。参加することに意義があるということで。

3.H40GC 80m WKD

 そうそう思い出しました。この局の80mが出来ました。運用も終盤の10/19の夜、しっかりした信号で聞こえていて、1コールであっさりコピーしてもらえました。バンドニュー。

今日はWWDXの2日目ですが、当地は大雨で無線はお預けです。来月のCWの時には天気も良くなっていてほしいのですが。

2017年9月17日 (日)

コミュニケーションの原初的な喜び

昨日9/16のローカル新聞にこんな記事が載っていた。

入笠山の山頂と麓 富士見小3年生が手鏡で交信」(信濃毎日新聞)

入笠山(1955m)の山頂と、山頂の見える麓の間で、鏡による合図を送ったという内容。

この遊びは私も高校時代(正確に言うと浪人時代)にやってみたことがある。

私の通った高校は私の家のすぐ近くにあった。私の勉強部屋からはグランドが見えて、その奥に建つ校舎の屋上もよく見えた。

ある平日、高校の屋上を見ると数人の人影が見える。双眼鏡で覗くと無線部の後輩たちが作業をしているところだった。こちらに気づかせたいと思うが、大声で叫んでも届く距離ではない。そこで手鏡を使って彼らの方向に光を反射させてみた。すると何かキラキラするものに気づいたのか、こちらを見た。そして光の出所が私の家からだと分かったようで(彼らは私の家を知っていた)、手を振ってくれた。これはちょっとうれしい体験だった。

恐らく、コミュニケーションというものの「原初的な喜び」は、こういう所にあるのではないかと思う。

日ごろ無線をしていて、珍しい局との間で絶妙の呼吸で交信を成立させたときなど、そういう喜びを感じる。また、言葉の通じない外国で、相手の親切に助けられながら何かを伝えて反応を返してもらえた時とか共感を得られた時も、この種の喜びを感じる。ペットとの間で何か気持ちが伝わったと感じるときも、そうかもしれない。

今回この実験に参加した子供たちが、そういう記憶を大切に育てていってくれるとうれしい。

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