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日記・コラム・つぶやき

2022年9月19日 (月)

村の鎮守の神様の…

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うちの地区(「集落」というか「村」)では、来週6年に一度の「御柱」があります。
この辺は諏訪大社でなくても諏訪系の神社があるところでは御柱をやるので、うちの集落でもお祭りです。

私は交通警備係、Xは踊りのメンバーとして初参加。

私の実家は郊外の新興住宅地にあったので祭りの参加者になることはありませんでした。一方、市街地の商店街の家の子は祭りの山車に乗ったり、笛・太鼓を習ったりしていて、そういうのをうらやましく眺めていたものです。しかしまさか自分がこの年になって村祭りの開催側にまわるとは。

大人になってしまうと祭りに参加するのもさすがに面倒だけれど、それでもまあ、古くから伝わる行事を残したいとも思うし、前向きに参加しています。それにしてもなぜ信州人は何かと柱を建てたがるのだろう。(庭に18mの柱が建っているので人のことは言えない)

2022年8月10日 (水)

JCG#09015I 東筑摩郡生坂村

ようやく夏休みがとれた。天気も良いので、無線が出来そうな場所をロケハンに出てみた。

長野県は平成の大合併の後も77の市町村があって依然として小さな町村が多い。そこから電波を出したら呼ばれそうなところが結構あるので、ドライブがてら運用地の目星をつけようというわけ。

長野市と松本市の間には山間部があって、麻績村、筑北村、生坂村と言う村がある。今日はその「生坂村」を目指す。

長野道を麻績ICでおりて、差切峡という峡谷を通り抜け、国道19号に出てしばらく走ると生坂村の中心集落への入り口がある。

19号を外れてしばらく行くと村役場の近くに道の駅(いくさかの郷)があるので、そこでお昼。

道の駅はたいていその地域の幹線道路沿いにあって、特に意識しなくても見つけてしまうものだが、ここの道の駅は国道19号から外れてしばらく走ったところにある。わざわざそこを目指さないと行きつけない。しかしその割に人は入っている。

お昼を食べた後、パラグライダーの離陸ポイントになっている見晴らしの良い公園があるらしいので行ってみる。

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パラをやるような場所だと無線は嫌がられるかと思ったが(パラでも連絡用の無線を使う)、今日は幸い誰もいない。

駐車場に車を停めて、430~7MHzまで各バンドをワッチ。今日はロケハンなのですべてモービルホイップ。

しかしどのバンドも聞こえない。6mもEsなど出ていればと思ったが雑音ばかり。14/18/21/28も人がいない。

7MHzはさすがに信号が聞こえたのでSSBで呼んでみたがコールバックはもらえなかった。それではと、CWでCQを出してみたが応答なし。

7MHzの昼間のCWバンドは昔はJCC/JCGサービスの局が結構いたものだが、今日はさっぱり聞こえなかった。こんなに人がいないのはたまたまなのか、それともJCC/JCGをサービスするような人はみんなFT8へ行ってしまったのか。今日はFT8の道具は持たずに来たのでその辺りのことは分からない。

結局どことも交信せずに帰ってきた。

 

2022年3月21日 (月)

前島記念館

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3月21日(月・祝)。

天気もいいので、車で上越まで。

ところが天気が良いのは長野県内までで、新潟に入るとやはり小雨の降る天気だった。日本海側は本当に晴れない所だ。

上越市にある「前島記念館」は、「日本近代郵便の父」あるいは「1円切手のおじさん」こと前島密の生家のあった場所に建っている。

記念館の向かいには郵便局があるのだが、これが「前島記念池部郵便局」という名前である。通常の郵便局名に「前島記念」が付されている。

記念館本館は鉄筋2階建て。向かいの郵便局の中には別館もある。入場は無料。

前島密は幕末期の豪農の生まれであるが、母方に医者がいたりして勉学の環境にも恵まれ、また養子に行くなどして幕臣に取り立てられ、明治期の国づくりに大きく関わっていく。本人の意欲が何より必要だと思うが、生まれが良くなくても立身出世できたという点ではもしかしたら昔のほうが良かったのかもと思えるほどだ。

「キムラヤと言えばパン、郵便と言えば前島」と言われるほど郵便に関する功績は有名だったらしいが、それ以外にも、教育改革としての漢字廃止論、東京遷都、日本通運の前身の創立、鉄道事業、電信電話事業の開始、早稲田大学の前身の創立などいろんな事業に関わっている。国の作り始めだからそういうことになったのだろうが、これくらいいろんな仕組みを考えられるとそれはそれで結構楽しかったのではないだろうか。

それほど広くない記念館だが、途中から管理人(きっと館長さん)がやってきていろいろ説明してくれたので、たっぷり1時間半見学できた。意外と穴場です。

 

2022年2月12日 (土)

Timeline

Timeline

2022年も2月の半ばを過ぎ、今年に入って70局ばかりをログインしました。

「ClubLog」にはTimelineという分析ページがあり、私も時折眺めています。それを見ると今年はほとんどが「Data」で、CWとPhoneはごくわずかです。年ごとの変化を見ると2018年あたりからDataの割合が目立ち始めています。(2019年は多忙でオンエア自体が少なかった)

もちろんこの「Data」の正体は「FT8」なわけですが、FT8はどうしてこんなに急速に普及したのか?

よく言われるのは「ローパワーでも交信できる」とか「小さな設備でも楽しめる」ということですが、私が思うに最大の理由は、

 「交信が定型化されていること」

だと思います。相手のコール、自分のコール、双方のレポート、あとは「RR73」か「73」を送るだけです。それ以外に送るべき情報を考える必要が全くないというのはとても気が楽です。

これがCWだとそうはいきません。「599BK」で定型的にさばいている局以外は、相手の様子を見ながら名前だけ送ってみたり、場合によってはQTHも送ります。最後は「TNX FB QSO」とか「HPE CU AGN」程度の定型表現を組み合わせて、終話に持ち込まないといけません。SSBの場合もほぼ同様です。相手がどんなスタイルのQSOをしようとしているのか見当を付けた上で、それに合わせた伝文を考えるというのが地味に面倒なのです。

よく無線を知らない人に「アマチュア無線って何を話しているの?」と聞かれることがありますが、アマチュア無線の楽しみ方の一つは、「ある場所との間で相互に電波を届かせること」であり、その楽しみ方においては「何を話すか」はほとんど関心を持たれていないのです。

そのようなわけで、従来「599BK」あるいは「59QSL?」スタイルのQSOを楽しんできた多くの人のニーズにうまくはまったのがFT8だと思います。

もちろん、たまにはCWでポチポチ電文をやり取りしてみたり、SSBでちょっとした会話をしてみたいときもあります。しかし海外DXにおいては、CWでもSSBでも、10~20分の間安定してQSOをするにはそれなりの設備が必要になります。私のような100W+トライバンダークラスの局でもそういう楽しみ方をするのはなかなか難しいのが現実です。

 

 

 

2022年1月22日 (土)

CQ誌 2022年2月号

CQ誌2022年2月号のSV2RSG/Aに関する記事は、昨年11月から12月の同局の運用に関する疑問の多くに答える内容になっていて大変ありがたかった。「/A」の扱いについてもその解釈の時間的経過が説明されていて、これまでの謎が解けた。SV2RSGの「/A」については結局今は、普通のSV2とアトス山のSV2を区別するために付加されているという風に理解した。(SV2RSGのAltanative locationではなく、SV2エリアのaltanativeとでも言おうか)

それにしてもSV1RPの同局への支援に関する熱意には恐れ入る。彼がいなかったら最近のSV2RSG/Aの活発な運用は出来なかっただろう。

しかしその一方で気になるのは、Monk Iakovos自身はどう思っているのだろうか、ということ。彼自身がアマチュア無線局の運用に大きな興味を持ってくれているのならいいのだが。

そんなことを思ったのは、同じ2月号で最終回を迎えた初期のDXペディショナー、Danny Weil氏の記事を読んでいたからだ。

昨年8月号から始まった連載記事を読むと、彼の関心はまず航海にあり無線は単なる道具であったようだ。しかし航海の途中で出会ったハム達により、彼の航海はDXペディションが目的になっていく。彼にとっては良いスポンサーが見つかったということなのかもしれないが、彼は多くのハムによって「焚きつけられた」という感じは否めない。

もっとも彼自身バランス感覚のある人だったらしく(そうでなければ単独航海は務まらないかもしれない)、そんな無線をしながらの航海は7年半で終わる。

私自身は自分以外の人間に強い影響を与えることに抵抗感があるので、Monk IakovosとDanny Weilについていろいろと気になった次第である。

 

2022年1月 2日 (日)

あけましておめでとうございます

新年あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願い申し上げます。

 

今年はいろいろ悩んだ挙句、いつもより期間を短縮して帰省してきました。とはいえ、念のため仕事納めの後に近所の病院で抗原定量検査を受け、陰性であることを確認してからの帰省でした。

さて年始め恒例のDXCCのおさらいです。

2021年末現在で CFM/WKD=296/297でした。

2020年末が、CFM/WKD=282/282でしたから、CFMベースで14、WKDべースで15upです。一昨年の秋にタワーとビームアンテナを上げ、昨年はまるまる一年その設備を使うことが出来ましたので、それなりの結果は出たのかと思っています。一方でPY0FがNILだったのは残念でした。

WKDの内訳をみると以下のようです。

・カリブ方面 6(FS、HH、9Y、PZ、VP5、V2)

・アフリカ 4(7X、ST、S0、XT)

・ヨーロッパ 5(JX、ZB、C3、Z6、SV/A)

大規模ペディションによるQSOはなく、常駐局と、コンテストや駐在などによる半常駐的な運用で占められています。

 

さて今年の目標ですが、今年もペディションは期待薄ですので、8P、J3、PJ7など、ときどき入感しているにも関わらずまだWKDに至っていない所、4U1UN、1A、HVなど散発的に運用のある所を中心に狙うしかないかと思っています。もっとも設備増強は望めませんので、SSNの上昇など主にハイバンドのコンディション上昇を味方に付けるしかありません。とはいえ、本当は17mあたりのビームアンテナが欲しいところです。現用のタワードライブアンテナが80mに加え、40/30mもカバーできることが分かりましたから、40/30/17/12mのRDPを降ろして、代わりに17/12mの八木を上げるのも良いかもしれません。一人で設置するのは大変そうですが…。

2021年10月15日 (金)

グリーンスタンプが入手できない

先日SAE用のグリーンスタンプが切れたので某中央郵便局に両替に行ったら「1/5/10等の少額紙幣は在庫がありません」と言われてしまった。

仕方ないので郵便局の近くにあるみずほ銀行に行ったら「5月で外貨両替の取扱いは終了しました」。話を聞くとどうもコロナ禍で海外に出かける人がいなくなってしまい、外貨両替業務を停止してしまったらしい。

家に帰って調べてみると都市銀行、地方銀行は軒並み外貨両替業務を縮小している。さらに街の外貨ショップの類も営業時間を短縮していて、会社の行き帰りには到底立ち寄れない日中のみの営業になっている。これは困った。

銀行だと窓口ではなく、郵便で外貨を郵送してくれるサービスもあるのだが、すでにサービス停止中だったり、最低●万円以上からの取り扱いとなっており、返信切手代の用途には使うに使えない。

それでもあきらめきれずにネットを探していたところ、24時間営業の自動外貨両替機のある銀行があったので、今日会社の帰りに行ってみたら、取り扱い紙幣は20$と100$の2種類のみ。これでは返信用に使えない。

 

そうこうしているうちに、さらに悪い記事を見つけてしまった。

ゆうちょ銀行も12/30で取り扱いを終了するとのこと。

ということで、現在1米ドル紙幣の入手は難しい模様。皆さんどうしているんですかね?

IRCも受け取ってくれない国が増えているようだし、もう返信切手代を郵便で同封するシステムは終焉をむかえるのだろうか。

 

2021年10月 8日 (金)

中山道 大宮宿→浦和宿

今月から異動になり、再び首都圏に新幹線通勤する身になりました。

今はリモートワークが定着したので昔のように毎日通うということはないと思っていますが、まだいろいろな手続きもありますし、業務上関係する人とのつながりをある程度作っておかないといけないので、今週は毎日通っています。

 

10月8日(金)。

昨夜の首都圏5強地震の余波なのか、今朝、新幹線で大宮に着いたら京浜東北線ホームで入場制限。

とてもホームに降りれそうもないし、列に並んだところで長時間「密」な状態に閉じ込められるのも嫌なので、目的地まで歩くことにした。

大宮駅の西側には国道17号線が走っていて、これは昔の中山道に相当する道(実際の中山道はもっと東側だと思うのだが)。これに沿って歩けば浦和、蕨、板橋を経由して本郷、秋葉原あたりまで行けるはず。

とはいえ今日の目的地は浦和なので、およそ6km、約1時間で到着。さすがに汗だくになりました。

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2021年9月 3日 (金)

【無線運用無し】上高地

今日は業務で上高地。珍しく自ら手を動かしてくる作業である。

上高地は通年マイカー規制をしているので、通常なら手前の「沢渡」(岐阜県側なら「あかんだな」)でバスかタクシーに乗り換えなければならないのだが、持ち込むものもあるので、事前に届け出てある許可車両を使って現地まで乗り付ける。

国道158号をひたすら高山方面へ向かい、規制区間の始まりである中ノ湯の交差点で左折せずにそのまま直進。

係員に許可証を見せて釜トンネルに入る。

その昔(1996年頃?)家族で上高地に来たことがあったのだが、その頃の釜トンネルは狭くて急勾配で、しかも岩肌が直接見えるような露天掘りの場所もあり、ずいぶん険しかった印象があるのだが、この新しい釜トンネルは幅・高さともに余裕のある2車線道路で難なく大正池のあたりに抜けることができた。このマイカー規制区間は大型のバスが通るし道も決して広くはないので、すれ違い時は注意が必要と聞いていたのだが、それほど心配することもなさそうだった。

上高地のバスターミナルまでは思っていたより距離があり、しばらく林の中を走る。

上高地のバスターミナルの入り口では駐車券を発行する機械があるのだが、同僚から「そこは駐車券をとる必要はない」と聞かされていたので、そのままスルー。思わずバスの導線で走りそうになったが、「バス以外はこっち」と言う看板があったので普通車が何台か止めてあるあたりに駐車する。

本来なら作業場所のすぐ近くの駐車スペースまで車で乗り付けたいのだが、ハイシーズンの上高地でそれをやるとかなり歩行者の迷惑になる、と聞いていたので、そこで車を降り荷物をリュックサックに詰め込んで、歩く。

確かに河童橋のあたりは車が通るようにはできておらず、さもありなんという感じである。しかしそこまでくる間にヤマト運輸の配送トラックとすれ違う。観光客は少ない。例年ならもっと人がいるはず。

目的地について作業をし、作業が完了したことを確認して再びバスターミナルへ。

小雨が降っていて天気は悪いのだが、せっかく来たので人のいないタイミングを見はからって写真を撮る。

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先日の大雨のせいなのか梓川には流木がたまっている場所もあった。

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そうこうしているうちに雨脚が強くなってきた。午後は雨予報だったし、早々に現地を離れた。

 

最後に無線家らしいことを一つ。

上高地のバスターミナルではカーステレオで79.7MHz(美ケ原送信)のFM長野が受信できた。こんな山の中にも届くものである。


 

2021年8月 7日 (土)

【無線運用無し】JCC0902 美ケ原

三連休初日。せっかく晴れたので、台風が来るまでまだ時間もあるし、美ケ原に登ってみる。

車で行く場合の美ケ原の目標地点は大きく分けて「山本小屋」と「美ケ原自然保護センター」の2つあるが、今日は比較的地味なコースをたどる「美ケ原自然保護センター」へ行ってみる。

土曜の朝ということで少々出遅れてしまったが、自宅を出て2時間、13時頃、「美ケ原自然保護センター」(標高1910m)駐車場に着いた。

標高が上がるにつれ雲の中に入ってしまい、この駐車場からはほとんど眺望がきかない。気温は22度でかなり涼しい。

雲の中なのでここから先「王ヶ頭ホテル」まで歩くかどうか迷ったのだが、ガイドを見ると徒歩約20分とあるし、車(関係車両のみ)が通れる道も整備されているので行ってみることにする。なにより、そこまでいかないとまともな昼食にありつけない。

駐車場から歩くこと約30分(連れがいるのでゆっくり歩いた)、霧の中から突然「王ヶ頭ホテル」(標高2034m)が現れた。

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とりあえずここのレストランで昼食。食べたカレーはスキー場のカレーみたいだが、値段はあんなにぼったくりではない。

食事をしていると部分的に少し霧が晴れたりした。しかし滞在中は一度もすっきり晴れなかった。

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実はここへ来る際一つ心配なことがあった。それはこのホテルの周りにはTVやFMの送信所が林立していることである。電磁波過敏なので頭が痛くなるのでは…と思っていたがそれほどではなかった(多少頭は重かった)

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Googleマップによると、NHKの送信所。

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NBS(長野放送)の送信所。

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途中に車庫があったのだが、中にNHKの雪上車が置いてあった。

ということで、もっと天気が良かったならばとか、ちゃんとした山の装備で来てもう少し牧場の方を見て回れたら…と思うのだが、今日はこの辺にして下山した。

 

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